曦瑶

「陳情令」金光瑶と藍曦臣についての彼是

「陳情令」「魔道祖師」の母親達

陳情令、魔道祖師の世界における女性達は、産まれ育ち、
そして誰と結ばれるかで一生が決まるのだと思う。
まず孟詩。
孟詩は、没落家の子女できちんとした教育を受けた娘が苦界に身を沈められた
という風に考えているが、妓女の身で独学で学んだのかもしれない。
美貌で学のある人気の妓女が光善に見初められた事が孟詩の悪運の最たるものだ。
子を産むも見捨てられた孟詩には、息子瑶に希望を託すしか無かった。
一心に愛し「君子正衣冠」を教えそれがやがて「呪」になってしまう。
その行為を誰が責められるだろうか。哀しい母の愛を悼むしかない。
同輩から嫉妬された母親への嫌がらせや母が老いてからの客や同輩からの仕打ちを
過目不忘の能力を持つ阿瑶が憎しみを募らせていっただろう事は、想像に難くない。
孟詩は、亡くなった後も悲運だった。
遺骸を我が子への復讐の道具に使われ打ち捨てられる。どんなに無念だったろう。
懐桑には、孟詩の遺骨を供養してあげて欲しい。


次に莫玄羽の母。裕福な莫家の当主が下女に産ませた娘。
母娘で虐げられつつの暮らしが美貌を見初めた光善が通い始めて待遇が変わる。
けれど飽きられ屈辱の日々の後、莫玄羽が14歳に為って金家に迎えられ、
当時莫家を継いでいた正室腹の姉に意趣返しをする。
だが数年後、莫玄羽は「痴れ者」として金家を追放され母は、失意のうちに世を去る。

 

藍夫人
藍曦臣と忘機の母親。
本名も伝わっていない。素性も明らかでは無い。
藍曦臣と忘機の父親青蘅君が若き日、旅先で出逢い一方的に好きに為り、
半ば強引に連れ帰ったとされているのだ。
彼女がどういう経緯で青蘅君の師を殺すに至ったかの説明はない。
判っているのは、罪人となった彼女の命を救う為に青蘅君が妻とし、
彼女を竜胆の離れに軟禁し、自らも雲深不知処の山の上の庵で
閉関したということ。曦臣と忘機の兄弟が母に逢えるのは月に一度だけ。
(閉関中の青蘅君は、彼女の許に通っていたのではという疑念がある)
彼女は忘機が六歳で「いなくなった」が
それは彼女が自ら死を選んだのではと推測される。
曦臣は、両親の経緯を「知りたくも無い」と魏嬰に話した。
何故か?
曦臣は、両親の一生を狂わせた「愛」という感情を知ることを理解することを
怖れたからだろうと思っている。
孟詩は阿瑶に己の「愛」で「呪」を与えて仕舞ったけれど、
青蘅君と藍夫人の二人もまた、曦臣と忘機の兄弟に
「呪」を与えて仕舞ったのではないだろうか。
曦臣は、愛の呪縛を直視せず、怖れ、気づくまいとし続けた。
だからこそ阿瑶との関係を正しく築く事が出来ずに永遠に喪ってしまう。
忘機は、一度掴み損なった愛する者の手を再会の後は、決して手放さなかった。
「呪」に打ち勝ったのだと思う。

 

虞紫鴛
有力一族虞氏の娘で政略結婚の圧により江楓眠に嫁したという
コンプレックスを持っている。
夫が蔵色散人を好きだったと未だ拘って素直に接する事が出来ない。
江厭離、江澄という二人の子を設けても蔵色散人の子魏嬰を引き取ってからは、
魏嬰と我が子江澄とを比べて鬱屈を募らす。
ドラマ「陳情令」では、江楓眠と虞紫鴛の夫婦が心の底では互いに
想い合っていたという描写だったけれど、
原作では、虞紫鴛の女性としての姿は痛ましかった。

 

金光善夫人
彼女も有力一族の娘で金光善の正室として(表向き)敬意を払われている。
夫の女道楽に手を焼いており、阿瑶が金光瑶として金家に迎え入れられた後は、
光善の女関係への鬱憤を子軒が亡くなってからは我が子を喪った悲憤を
全て阿瑶へぶつけた。

 

江厭離
紆余曲折があったとはいえ愛する子軒と結ばれ金凌を産むことの出来た江厭離は、
たとえ平穏な日々が短かったにせよ彼女が感じた幸せは大きかったろうと思う。
金凌が健やかに暮らせていることは彼女にとって大きな救いだと思う。


綿綿(羅青羊)
「陳情令」では、蘭陵金氏の修士
温氏残党への迫害を糾弾する魏無羨をただ独り擁護し、金氏の衣を脱ぎ捨てた女性。
仙家を飛び出し自らが選んだ男と結婚し子を産み、自らの望む暮らしを手に入れた。

 

蔵色散人
抱山散人の弟子。山を下りた後、魏長沢の妻となり魏無羨を産む。
魏無羨がただ一つ覚えていることが、幼い魏嬰が乗る驢馬を父親が曳き、
母親が軽口を言って皆が笑うという光景から判るように、
家族は互いに慈しみ合って幸せだったと言うこと。

幼くして魏嬰は、両親と死に別れて仕舞ったが彼の記憶にしっかりと愛は刻まれ、
江家においても健やかに育つ事が出来た。


氏素性で全てが決まってしまう世界は、やはり歪だと思う。
親だけでなく血縁や周りの人々、幼子を取り巻く人間達が慈しむ社会であって欲しい。
幼子が成長していくことそれは、本当に厳しく責任のあることなのだと思う。

 

秦愫

金氏の有力家臣秦家の娘。実は、金光善が秦夫人を襲って産ませた娘。
秦愫は、射日の征戦で阿瑶に救われやがて恋仲に為っていった。
身分の違いから反対されるも苦労の末やっと婚姻を認められるが
挙式前夜になって阿瑶は、秦夫人から秦愫の父親が光善であることを知らされる。
その時既に秦愫は子を身籠もっており結婚を取り止める事は、出来なかった。
「陳情令」「魔道祖師」で最も悲劇の女性だ。
異母兄妹と知らず血が惹き寄せるように激しく恋した二人は、決して許されない
兄と妹だった。
妹を傷つけまいと兄は、全てを隠し子を産ませ、結婚後に
一度も身体に触れる事無く、子の発達の遅れから秘密が露見する事を怖れて、
我が子を亡き者とする。
その死までも己の偉業(物見台建設)達成に利用した。
阿瑶への復讐を図る懐柔が策を弄し、莫玄羽に献舎され蘇った魏嬰と藍忘機が、
芳菲殿密室に踏み込んだ時、秦愫は温若寒の匕首で自ら死を選ぶ。
アニメでは、阿瑶が秦愫へ死を誘導したという表現がされていたけれど、
私はドラマでも原作でも疑惑は残るものの、
はっきりそう断定されていなかったと思う。
秦愫は、己と夫であり兄である阿瑶、彼が息子阿松の死に関わったという事実に、
驚愕し絶望し、けれど彼の罪を公に認める事も出来ず、命を絶つという
選択をしたのだと私は、思う。
「死を選ぶ」その事こそが秦愫の自己表現だったのだと思う。

 

最初『「陳情令」「魔道祖師」の女性達』にしていたけれど、「母親達」に訂正した。
「女性達」なら温情を抜かしてはならない。

温情
温氏傍系で優秀な医者。幼少時の事故により魔に魅入られ易くなった弟温寧を

慈しむ勝ち気な娘。
魏嬰から江澄への金丹移植を施し、魏嬰が夷陵老祖に為った後も、

彼を親身に見守り助けた。

江厭離は、万事控えめで優しく江澄や魏嬰へ無償の愛を注ぐ聖母のような存在

だったけれど、百鳳山で金子勤の魏嬰への無礼な振る舞いに毅然とした態度で

対峙する芯の強さを持った女性だった。

私は、江厭離は何故乳飲み子の金凌がいるにも関わらず、最期あの危険な

不夜天の戦いの場に飛び出して行ったのか疑問だった。

けれど暴走する魏嬰を止められるのは、姉たる自分だけなのだという

堅い信念からだったろうと思うのだ。

精神のバランスを崩した魏嬰を何としてでも救おうという大きな愛の力だ。

 

温情も気性は激しかったけれどやはり弟温寧へのきめ細やかな愛、

温氏残党への配慮、そして彼らを救ってくれた魏嬰への献身は、

尊いものだったと思う。

「陳情令」「魔道祖師」に登場する女性達は、

厳しい生涯を送ったけれど、皆それぞれに鮮やかに生を紡いだのだと思う。