曦瑶

「陳情令」金光瑶と藍曦臣についての彼是

金光瑶が金鱗台大階段上で思うのは

阿瑶は、自分を不幸だと捉えていたのだろうか。
偉大な父親に認知されない妓女の息子。
どんなに功績を挙げて父親の家系に入れて貰えたとしても

決して息子としてではない。
あげくにやっと出自を蔑まぬ女性と結婚出来ると思えば、
それは父親が部下の妻を襲って産ませた異母妹だった。
近親相姦が露呈して妻を苦しめることを怖れて

我が子の命を無きものとする。
これ以上の地獄があるだろうか。
世の全てを恨むなというのは過酷過ぎると思う。

異母兄を死に追いやる原因を作り(原作では違うけれど)、
義兄弟の契りを結んだ聶明玦を謀殺し、
諸悪の根源を為した父親にその所業にふさわしい死を与え、
生前の母に辛く当たった朋輩達を父光善の死に関わらせて、

(親切にしてくれた思思を除いて)始末し、

己の出自を愚弄した者達を抹殺した。
阿瑶が権力の頂点に立って目指したものは何だったのだろう。
「陳情令」の世界で、仙術を修練する者たちが目指すのは、
「不老不死・羽化登仙の術への到達を理想とする」だろう。
生涯夥しい悪を行った阿瑶は、決して己が登仙など出来ない事を
承知していたろう。
私は、秦愫が異母妹と知って二度と関係を持たなかった阿瑶にとって、
己の性さえ忌まわしく憎むべきものとなったに違いないと、
考えているので、自分の子孫を残そうという意思も
無かっただろう。
事実阿瑶は、意図したものでは無いにせよ幼くして両親を
失くさせてしまった金凌を金氏の後継者として慈しんで育てていた。

仙家百門の頂点「仙督」の地位に登り詰めた阿瑶の
心の内には、何があったのだろう。
人を恨み世を恨み自分自身を憎んだ阿瑶は、
それでも社会に復讐したかった訳ではない。
彼にとっての唯一の「白月光」藍曦臣の前で
恥じることなど無いよう、善を行おうとしていたのだと思う。
弱き者たちの安全を守るための見張り台を建設し、
貧しい者たちへ施しを与えた。
観音廟事件後には、それらの金光瑶の功績など、
全て無かった事に、いや全て悪評に替えられたのだろう。
それだけの悪事を行ったのだから当然なのだろう。

観音寺最終局面の近く、霊力の戻った藍曦臣が剣を抜いて

追い詰められた阿瑶が様々な悪を告白した後、意地汚くも金凌を人質に

取ってまで、逃げ延びようとした、あの心境が私には、今一理解出来ない。
忘機に左腕を切り落とされて以降でさえ、まだ生へ執着していた。
命だけは許されて裁きに懸けられて、その後は?
仙家百門の衆は、極刑を望むだろう。
金丹を奪われ、奴隷へ堕とされ、宮刑、四肢切断さえあるかもしれない。
そう考えれば、あの聶懐桑の仕打ちは、
阿瑶にとっては死が救いだったのかも知れないと思える。

魏無羨が復活するまでの13年間の中で、また復活してから阿瑶が、
次第に追い詰められていく日々の中で、仙督としてあの華美な衣装で
金鱗台の大階段の上から、眼下に広がる豪奢な景色を眺める時、
阿瑶は、雲深の不知処で初めて藍曦臣に出逢った日のことを
思い出すのではなかろうか。
出自を噂されて居た堪れぬ思いに苦しんだ自分に

暖かな言葉を掛けてくれた人。

献上品を受け渡す時に触れた指の電流が走った感触。
傍若無人な温晁らの剣を封じた曦臣の手腕の鮮やかさ。
あの日阿瑶は、胸に明りを灯した。
あの日阿瑶は、穢れを知らなかった。

切ないほど無垢だった。
震えるほど純粋だった。
あの日に帰りたいと。

 

 金鱗台の頂きに登り詰め、世の権力を掌握した金光瑶は、
その壇上からの景色をこの上なく美しいと愛でただろうけれど、
同時に怖ろしさ虚しさも感じていたのだと思わずにいられない。
彼がそこに至るまでの過程で全身に浴び続けた幾多の人の血は、
彼の心と身体を蝕んでいたことだろう。
決して戻れない、取り戻せない、あの奇跡のような
雲深不知処でのあの時を、
狂おしい程、懐かしく恋しく想うのだろう。