曦瑶

「陳情令」金光瑶と藍曦臣についての彼是

愛修

忘機は、魏嬰を一途に愛し魏嬰が莫玄羽の身体に蘇って後は、
藍家の家訓も世のしがらみの全てを越えて、
ただ魏嬰と共にあろうとし守り戦い、
そして唯一無二の知己として最終的に道侶と為った。
双修を行いやがては、魏嬰の胎内に金丹が芽生える希望があるだろう。
「香炉」に描かれるように忘機には、
十代の頃から魏嬰に対するそういう想いがあったのだろう。
では、彼の兄藍曦臣の場合は、どうだろう。
曦臣は忘機の二歳年上だ。
母親を六歳で亡くした忘機より曦臣は、
父青蘅君と母藍夫人との関係を理解していたのではなかろうか。
一方的に母を愛して仕舞った故に、
強引ともいうべき方法で母を連れて来て仕舞った故に、
母が父の師を殺めて仕舞ったという大罪。
母の命を助ける為に父は、母と結婚し、竜胆の離れに閉ざし、そして自らも、
雲深不知処の遙か山の庵に閉関した。
そして藍曦臣が産まれた。
その二年後に弟忘機が産まれた。
それがどういうことかをある頃、曦臣は、理解したのだろう。
何千もの家訓を持つ藍氏の宗主である青蘅君が、女人を愛するが故に、
押さえ切れ無い獣欲を持つのだという事を。
曦臣と忘機の兄弟が母に逢えるのは、月一度のみ。
己の感情を表わさない弟が唯一恋い慕う母との逢瀬、
勿論曦臣も慎みを持ちながらも母と逢える機会を楽しみにしていた。
けれどある時、母の棲む離れに父が通っている事を知ってしまう。
八歳、その年齢では、何が起こっているかを理解出来なかったかもしれない。
けれどそれは愛に溢れた光景では無かったのではないかと推測される。
無理矢理にではなくとも、母は、半ば諦めのように人形のように、
父に組み敷かれていたのではないだろうか。
妄想が過ぎるだろうが、兄弟達の母親が病が重かったという記述も為しに、
唐突に「居なくなった」のは、自殺だったのでは?と私は、思っている。
まだ幼い兄弟を残して何故?という疑いは、
もしも曦臣に夫との房事を目撃されたのでは、と思うと納得出来た。
彼女は、絶望したのだ。
幽閉されて月一度の子達との面会だけを希望に、夫の求めにも応じて、
けれど生きる為に従う浅ましい自分の姿を曦臣に知られて、遂に壊れた。
彼女を引き留めるものは、もう無かった。


曦臣が父母の経緯を知ったのは、いつの頃だろう。
曦臣は「性」の知識を得る前に、既に、
父母の人生を狂わせた「愛」と「肉欲」への怖れを抱くように
なっていたのだろうと思う。
だからこそ曦臣は、禁欲的、いや、己に「欲」を持つ事さえ許さずに、
ひたすら清らかに「清修」に励んだのだと思う。

では、阿瑶の場合はどうだろう。
考えれば考える程、判らなくなって来る。
私は最初、青楼時代末期の阿瑶は、病身の母孟詩の為に、
強制的に身を売らされたろうと思っていた。
美貌で小柄な阿瑶を望む客も多かったろう。
生きる為に、生き残る為に、阿瑶はその境遇を呪いながらも、
その後の様々な場面で、自分の肉体さえも武器として、
戦ったのだろうと思っていた。

まず藍曦臣と出逢う。
阿瑶にとって藍曦臣は、一点の曇りも無い透明な玉、
汚辱に塗れた己には決して手の届かない「白月光」だったろう。
純粋な憧れであり思慕、それは生涯変わらなかったのではないかと思っている。

次に聶明玦に出逢った。
出自を貶す聶の家臣を叱り副官に取り立ててくれた明玦を阿瑶は、
尊敬し信頼し、父とも兄とも慕ったろう。
けれど(原作では金家の)仙士を殺す現場を見られて聶明玦を欺いて逃げ出した以降は、
大きな溝が産まれて仕舞う。
明快と阿瑶の間に「愛欲」は無かったのだろうか?
私は、直接の交合は無かったにせよ、互いの愛着はあったと思っている。
互いに「愛」だと気づかない、認めようとはしない「執着」そのものの
大きな感情が二人の間に見て取れる。
感情の掛け違い、いっそ抱き抱かれていたならばとさえ思ってしまう。

阿瑶と秦愫との出逢いは、射日の征の折だ。
温家の暴徒から秦家の令嬢秦愫を救った。
阿瑶の出自を蔑まず柔らかく優しく阿瑶を慕う秦愫に
どれほど阿瑶は心を救われたろう。
周りの反対を押し切って結婚を承認させ、
更に既成事実を作って確かなものにしようと、
婚前交渉を持ってしまう。
挙式前夜に秦愫との異母兄妹の事実を知った阿瑶の驚愕、
絶望の深さを思うと遣り切れない。
私は、ここで阿瑶は、己の「男性」を捨てたと思っている。
秦愫を抱けないなら他の女性を・・・・・・
阿瑶は、父光善のようには決して為らない。許さない。
ならば誰かに抱かれるのか。
阿瑶は、己の「性」さえ憎んだのだと思う。
苦しみを産む「性」という存在を恨み憎んだ。

曦臣は、己のうちに「淫欲」を持つ事を知らず、一心に「清修」し、
阿瑶は、己の忌まわしい「淫欲」を消し去ろうと夜毎苦しんだ。


沢蕪君、斂芳尊として十数年、身近で仲睦まじく過ごした二人の男達、
空洞を持つ二人の姿を思い浮かべるとただただ切ない。