曦瑶

「陳情令」金光瑶と藍曦臣についての彼是

阿瑶と藍曦臣、二人の空洞

私が金光瑶に完全に嵌ったのは、
あのテーマ曲「多恨生」からなのだけれど、
あの中で歌われる「空洞」、金光瑶の生涯は、
結局阿瑶が抱えたブラックホールに呑み込まれたのだと感じています。
彼の霧に覆われたような世界で唯一の光が、
「白月光」と言うべき存在、藍曦臣であったのだと知りました。
動画を翻訳しながら見まくってあの最後の場面を見た時、
確かに阿瑶の生涯は、痛ましく哀れな一生だったけれど、
最期には、死の救済を得られたのだと感じました。
対して、残された曦臣のあの憔悴しきった姿に胸が痛んだのです。
そこから私の「曦瑶」の道が始まりました。
その時はまだ、阿瑶の現世での地獄にばかり心を奪われていて、
阿瑶の味わった痛み、苦しみ、それらが引き起こした阿瑶の罪、
というものに目が向いていました。
ところが、阿瑶と藍曦臣、それぞれの心情に考えが及んだ時、
そこには、想像も出来なかった程の深淵が口を開けて待っていました。
藍曦臣が抱えていた空洞は、阿瑶が抱えたものに
勝るとも劣らぬほどの空洞だったのでは、なかろうか。
阿瑶は、現世で自分の持つ空洞に気づいていたと思います。
己を突き動かすどうしようもないほどの渇きを自覚していたでしょう。

けれど曦臣は、己が空洞を持つことすら
気づいていなかったのではないでしょうか。
幼い頃から、自分が感情を抑制して生きている事に気づかず、
求められる藍家の跡取りの立場、長じてからは若き宗主、
その理想像を疑う事もなく受け入れ、ただ穏やかに清廉に過ごす。
己に何が欠けているのか、深奧で何を渇望しているのか、
曦臣は、思いもしなかったと思うのです。
穏やかで周囲とも良く調和できる誰もが称賛する若き宗主は、
誰よりも孤独だったことでしょう。

ドラマ第4章雲深不知処での阿瑶と藍曦臣との出会いの場面、
出自を揶揄され狼狽える阿瑶を曦臣がとっさに庇ったのは、
曦臣自身の出自に対する痛みが阿瑶の痛みに共鳴したのかと感じます。
孤独なもの同士が惹かれ合ったのかとも思います。

ドラマ上でも確かに互いに友情以上のものを抱いているようなのに、
決してそれ以上には、踏み込まなかったであろう関係、
大変もどかしく思いますが、当人たちにとっては、
それが最上だと思っていたのでしょう。
どちらかが早く本音でぶつかっていれば、
私は、温氏制圧後に不夜天で温家残党の処分を話し合った際、
阿瑶が曦臣に「私は、悪でしょうか?」と尋ねた場面、
私は、あれも一つの岐路だったと思うのです。
阿瑶は、あの時、「曦臣は、正義を行う自分のみを認めるのだ。
決して悪を行う自分を受け入れはすまい」と理解したのでしょう。
ifをどれだけ重ねても虚しいでしょうが、
阿瑶と曦臣は、互いが互いの空洞を埋め合える
運命の相手だったと思います。
阿瑶は、曦臣を突き放すことで、空洞を埋め、
魂は救済されたに違いないと感じますが、やはり残された藍曦臣を
思うと遣り切れない思いが募るのです。

原作のほうでは、最後の場面、阿瑶から藍曦臣へ
「一緒に死んでください」との言葉は、ありません。
阿瑶の流した血が聶明玦の棺の封印を破壊し、棺を破って
飛び出した明玦の大きな手が阿瑶の首を絞めます。
続いてもう一方の手が曦臣の喉を突く。
明玦の手が曦臣の首を窒息させようとするその時、
阿瑶は曦臣の胸を叩いて押し出したのです。
「私は生涯あなただけは害そうとは思わなかった」
その言葉を証明したのです。

ドラマのような阿瑶の微笑みは描かれてはいません。
けれど、阿瑶が生涯最も恐れた聶明玦に立ち向かう
勇気をもたらしたのは、藍曦臣だったのでしょう。
私は、阿瑶を救ったのは、藍曦臣なのだという事を
曦臣に気づいて欲しい。
絶望の先に見える景色を感じて欲しい。
ただ祈ります。