曦瑶

「陳情令」金光瑶と藍曦臣についての彼是

金光瑶の愛と死

日本語で観るのは、思っていた以上の迫力でした。
翻訳で動画を見ていた時には理解できていなかった事、
それは、藍曦臣が金光瑶の悪事を薄々気づいていたと、
語った部分です。
気づいていはいたが、苦渋の決断だと信じていたのだと。
曦臣が己の信念にに片目を瞑ってでも、
阿瑶をそれほどまでに信じたかったのかと思うと、痛ましく思います。

霊力の戻った兄上が朔月を阿瑶に向けたあの場面、為すすべなく
崩れ落ちる阿瑶が哀れでした。
父光善を殺した状況を語った時、思わず阿瑶の頬を
思い切り殴った曦臣がその自分の手を驚きみつめるその顔は、
自分の中に怒りという感情があったことに初めて気づいたと
思えるものでした。
命だけは助けて欲しい。そう言いながら金凌を盾に取る。
その卑劣さ、浅ましさ。
けれど、覇下を手にした温寧が襲って来た時、
弦を緩め金凌を突き放し逃がしました。
金凌を慈しんで育てたことは、事実だったと思います。
それが証拠にあの後、金凌が光瑶に「逃げて」と言ったのです。
金凌には、阿瑶の想いが伝わっていたのです。あの場面で涙しました。


左腕を忘機に切られ既に失神寸前の阿瑶に曦臣の手で
止めを刺そうと図る聶懐桑のあの演技は凄まじいものでした。
曦臣と阿瑶の長年の信頼関係の深さを聶懐桑は、
間近で見知っていた筈です。
それを阿瑶の一番大切な曦臣に命を奪わせた。
最愛の兄聶明玦を奪われた恨みは、それほど激しいものだったのでしょう。

胸に朔月を突き立てたままの阿瑶と曦臣の場面が、
もう二人の愛の修羅場としか言いようがありません。
阿瑶は、ありったけの激情をぶつけています。
こんなに尽くしたじゃないか。見返りなんて何も求めなかったじゃないか。
なのに何故、命まで奪おうとするのかと。
あなたも結局聶明玦と同じで、私を決して許してはくれないのかと。
あんなに冷静で礼儀正しくあり続けた阿瑶が、初めて曦臣に見せた
駄々をこねる幼子のような叫び。
恨み、憎しみを力にする剣恨生を身に佩び、世の全てを警戒し続けた
阿瑶の本来の姿は、あの脆く幼い心の持ち主だったのでは、ないでしょうか。
対する曦臣の狼狽え涙する切なさ。
それでいて涙を溢れさせて曦臣を掻き口説く阿瑶は、堪らなく淫靡なのです。
朔月をつかみ我が身を抉るあの血まみれの姿は、エロスの極みでした。
朔月を引き抜くことも出来ず、ただ阿瑶を見つめ涙をこぼし続ける曦臣の
苦悶の表情。あの二人の場面は、正に愛の極限状態だったと思います。

最後の力を振り絞って曦臣を聶明玦の棺の傍らに導き、
私が翻訳で読んだとき、「一緒に死にましょう」だったので、
「一緒に死んでください」この言葉の力強さに改めて圧倒されました。
曦臣は、受け入れたのですよ。
一緒に死んで良いと思ってくれた。
目を瞑り、振り上げた手をゆっくり下した曦臣を
見極めようとする阿瑶がふっと微笑むあの顔が愛しいです。
力を込めて曦瑶を突き放す阿瑶の万感を込めた表情、素晴らしかった。
阿瑶が生涯抱えた空洞を今曦臣が埋めてくれたのだ。
私は、阿瑶にとっての最高のエクスタシーだったと思います。
だからこその、「聶明玦、私があなたを怖れると思うか」との、
あの覚悟の叫びに繋がるのでしょう。
死して怨霊と化した聶明玦と覇下と共に自分も封印されることを、
阿瑶は、判っていました。
私は、阿瑶に死の平安が訪れて欲しいと思っていましたが、
このブログで以前述べたように、阿瑶は肉体を喪って、霊識になってからも、
封印された棺の中で、聶明玦と覇下という凄まじいものと闘っていかねばならないのです。
その責め苦に独り立ち向かおうと決断した阿瑶は、あの時、
現世であれ程までに苦しめられ続けた執着から脱却出来たのだろうと思います。

何故、曦臣を一人残したのか。
やはり曦臣の命だけは奪えないのか。
それとも自分は、愛を得られたと実感したからか。
己を曦臣の中に永遠に残したかったからなのか。
それら全てなのか。


阿瑶の人生は、虚しい人生だったと評されるでしょうが、
確かにその人は生きてあった。藻掻いて生きた。
そして曦臣という人の心を奪って逝った。
観音廟の石段に座り込む放心状態の曦臣の姿は、痛ましくてなりません。
最終場面近くで忘機が聶懐桑に「仙督」と呼ばれていたのは、
藍曦臣が蟄居しているからでしょう。
原作番外編で、魏嬰が藍湛に「お兄さんは、大丈夫ですか?」と尋ねて、
藍湛が「あまり良くない」と答える。
ただそれだけの記述でも、藍曦臣の受けた痛手がどれ程のものかが判る。
私は、曦瑶の人間なので、それだけ深く阿瑶が曦臣に思われているのだと
判るだけで救われた気持ちになる。
たとえ曦臣が藍家宗主の重責を思い、やがて表舞台へ立ち返る日が、
遠くないにしても、曦臣の受けた喪失の痛みと空洞は、
生易しく癒えるものではないと思う。
ドラマでは、聶明玦と金光瑶の遺体が収められた棺がどう封印されたのか、
説明は、なかったけれど、原作では、「被釘上七十二顆桃木釘」で
封印されたと書かれている。最強の封印だそうだ。
転生も望めない。輪廻転生の輪には乗れない。
たった一度きりの阿瑶の人生、それだからこそ、
たとえある者にとってはこの上なく醜悪でも、
ある者にとっては。鮮やかに儚く美しかったのだと思います。


最後に、日本語版で放送して下さって本当にありがとうございました。
この3ヶ月素晴らしいドラマを堪能出来て幸せでした。