曦瑶

「陳情令」金光瑶と藍曦臣についての彼是

藍曦臣の想い

金光瑶の死で最も衝撃を受けたのは、やはり藍曦臣に他ならないでしょう。
石段に座り込んだ彼が聶懐桑へ呟く。
「阿瑶が分からない…
 "私こそが彼の理解者”、それは私の思い違いで、
改めて見極めようとしたが、今でもよく分からぬ」
「曦臣哥…完全に理解するなど無理だ」
「懐桑、本当に阿瑶は私を襲おうと?」
「それは…何となく見えたんだ…」
「誠か?誠なのか?!」
「曦臣哥…問いただされるとー私だって断言できない…分からないよ」
聶懐桑は、目をそらし藍曦臣に答えなかった。

原作では、この部分は、

『「懐桑、彼は本当に私の背中の後ろに私を襲おうとしたのか? 」
「見たみたい...」と懐桑。
藍曦臣は「もう一度考えなさい」と言った。
「私は確信が持てなかった... 本当に...」
「そう思わないで! 何があったか! 」
懐桑は「... 知らないわ 本当に分からない 」
懐桑が追い詰められたら、この文を繰り返すだけです。
曦臣は額に手を当て、頭痛がして、もう話したくない』と書かれています。

藍曦臣は、自分が聶懐桑に諮られたことに気づいているに違いありません。
胸に朔月を突き立てられた阿瑶が己に告げた
「世の全ての悪をなそうともあなたを害そうと思ったことは無かった」
その言葉が真実であったことを確信しているからです。
阿瑶が自分に唯一信じて欲しかったこと、それを自分は信じてやれなかった。
一度は、一緒に死のうと縋ったくせに最期の瞬間、
自分を突き放し独り逝った阿瑶、彼の想いがどこにあったのか、
今の曦臣には、もう判らなくなったのです。
喪って初めて知った己の阿瑶への愛。
阿瑶に止めを刺した罪の意識、絶望は、はかり知れません。
崩れ落ちる観音堂を脱出する曦臣は、藍忘機に支えられなければ、
立っていられません。
茫然と石段に座り込み、やがて堂内に入っていく姿は、
生気を失いよろめいています。痛ましい姿です。

原作ではこの後、藍啓仁に
「あなたは何が起こっているのか! 」と聞かれて
曦臣は額の角を押し、眉は言葉では言い難い色でいっぱいで、疲れて
「... お願いします。 聞かないでください。 本当に。
私は今、本当に何も言いたくない 」と答える。
藍啓仁は、曦臣のこのように過敏で不穏な外観を見たことはなかった。
と書かれています。

誰も見たことの無い異常な状態なのです。
そして雲深不知処の寒室に蟄居してしまうのです。

曦臣を最も苦しめたもの、それは喪失の深さだろうと私は、思います。
阿瑶という人間がどう生き、何を思い、何を為し、そしてどう死に至ったのか、
曦臣は、考え続けるのです。
そこに自分は、どう関わったのか、何を為さなかったのか、
何を間違ったのか、決して解けない問いを繰り返し続けるのでしょう。
問霊の琴に阿瑶が答える事は、ないのだろうと思います。
何故なら阿瑶は、最期の瞬間、己の空洞を曦臣に満たされて、
救われて逝ったと思うのです。この世に未練も恨みも残していないのだと感じます。
残された曦臣の痛みの過酷さを思うと遣り切れない思いがします。
それでもどうか阿瑶も自分自身をも赦してあげて欲しいと思う。
誰のせいでもない。確かに阿瑶は、悪を為したけれど、
そう為らざるを得なかったという面は、確かにあったろうと思うのです。
ほんの少し、そうほんの少しの切欠さえあれば。
巡りあわせが悪かった。
もし、次に生まれ変わって再び出会うことがあれば、阿瑶も曦臣も
身分や階級や世俗に妨げられないそういう社会で生きて欲しい、
そう願っています。