曦瑶

「陳情令」金光瑶と藍曦臣についての彼是

金光瑶の人生を考える その四

何が彼をそうさせたか 
金光瑶の人生を考える その四

光瑶の最期を考える時、藍曦臣の「阿瑶…他究竟想怎样呢」の言葉に尽きると思う。
もう逃げ場が無いと悟った時、もう自分には、死しか残されていないと悟った時、
阿瑶には何が視えていたのだろう。
生涯唯一の「白月光」たる無条件で敬愛する藍曦臣の手に掛かって死ぬことを
本望と思えてもいただろう。
死への恐怖はどれ程のものだったろう。
あれほど怖れ嫌悪し、かつその愛を求め続けた聂明玦と
共に封じられる事を予感した時、藍曦臣を道連れにして、
聂明玦から守って貰いたいと望んだのではないだろうか。
かつて不夜天で聂明玦の刃から藍曦臣に庇って貰ったように。
どんなに望んでも、父光善からの愛を得られなかった阿瑶が
聂明玦に父性を求めたように、悪と汚辱に塗れた己であっても、
ただひたすら受け入れ包む込んでくれるそのような愛を慈愛を
藍曦臣に求めたのではなかろうか。
全てを包み込む無償の愛を母性愛と捉えるならば、
阿瑶が母孟詩から受けた愛は、確かに大きなものだったに違いないが、
一面非常に過酷なものだったろうと思う。
いつか大仙家の当主である父親が迎えてくれる、そんな夢を語り続け、
貧しい暮らしの中で必死に阿瑶に教育を受けさせようとして、
金をだまし取られ、蔑まれ、そういう過程を阿瑶は見てきたのだろう。
負の境遇から抜け出したいという強い願い、大人達への不信、憎しみが
育っていった。
父からの愛は受けられず、母孟詩の愛も歪みがあった。
自分自身に愛があるのかさえ信じられない。
観音廟でのあの時点、極限状態の阿瑶にとっては、
己が藍曦臣へ抱くものが異性への愛なのか、どうなのか、
もう判らなくなってしまっていたのではなかろうか。
「一緒に死にましょう。」
拒絶されるか、万が一受け入れられるかのギリギリの問い掛け。
私は、あの場面の阿瑶の産毛が総毛立っているのを見て戦慄した。
最初、何故お顔剃りしなかったのかと訝ったのだけれど、
あれこそが激情の現れなのだと思い直してから、
大好きな場面になった。
阿瑶が朔月に貫かれた後の、阿瑶、二哥の二人の状況は、
正しく交合としか思えない。
情と情が激しくぶつかり、絡み、互いに翻弄され、
爆発する。エロスの極みだ。
思うに、出逢って20年、親しく交流するようになって、
十数年、阿瑶と曦臣は傍から見れば異様なほど、
親密な時間を共に過ごしていた筈だ。
けれどそこに性愛は無かった。
無かったからこそ、あの場面で、あれ程まで濃密な、
疑似交合が行われたのだろうと私は、考える。
周りの者たちが息を呑むほど、それは生々しく、
かつ蠱惑的だったろう。

藍曦臣が死を受け入れ瞼を閉じ、振り上げた手をそっと
指を閉じた時、彼は、その感情が、阿瑶への同情なのか哀れみなのか、
阿瑶の悪に気づかなかった己への罪の意識なのか、
阿瑶への愛なのか、少しも判ってはいなかったのだろうと思う。
清廉潔白、純粋培養、世俗の塵に汚れることなど無縁の男には、
性愛など理解できていなかったろう。
(私は光瑶が結婚した時点で曦臣は、己の気持ちを封じ込めていたのだろうと思っているが。)
それでも阿瑶は、その藍曦臣の選択だけで充分だったのだろう。
拒絶されなかった。阿瑶の求めた愛ではないかもしれないが、
確かに自分は、受け入れられた。
そして、このまま道連れにするよりも突き放すことで自分は、
永久に藍曦臣の中で永遠になれる、そういう残酷で哀しい
打算も働いたのだろう。
人を恨み憎み己を恨み憎み続けて、そうやって生きるしか無かった
阿瑶が、最後に束の間愛を手に掴み、直後その愛は、指をすり抜けてしまう。
いや、道連れにしなかったからこそ愛を得られたのだろうか。
阿瑶は、忘機に支えられ脱出していく曦臣を見送り、
自らの運命に決着を着ける為、「聂明玦」に向き直る。
「聂明玦、私があなたを恐れると思うか!」
本当は、怖くて怖くて堪らなかった。
けれど敢えて自らを鼓舞するため、そして藍曦臣に受け入れられて、
立ち向かう気力を得られて、ああ叫んだのだと思う。

最期の瞬間、阿瑶は、聂明玦と共に封印され、
未来永劫抜け出すことは叶わないと悟っていた筈だ。
生涯怖れ憎み愛し求め続けた人に、今は覇下の呪いに侵され、
愛と憎悪で正気を喪っている人に、これから先棺の中で、
霊魂になり果てた自分は、抗って行かねばならぬ、
それはどれ程の恐怖だろう。
けれど、阿瑶は、それを選んだ。
残されたのは、呆然と石段に座り込む放心状態の藍曦臣。
痛ましい姿だ。
そして、本懐を遂げた筈が複雑な感慨を覚えているらしい聶懐桑。
この人が光瑶へ抱いた愛憎も過酷なものだったろう。
埃に塗れた金光瑶の帽子を拾い上げ、そこにかつての孟瑶と母孟詩との、
「君子正衣冠」の教えが映し出されるのが本当に切ない。
善も悪も愛も憎も、全てがただ表裏一体。


最終話まであと二週間、それまでの時間、「阿瑶…他究竟想怎样呢」を
私は、考え続けるでしょう。