曦瑶

「陳情令」金光瑶と藍曦臣についての彼是

金光瑶と女性達「母孟詩と妻秦愫」

金光瑶の悲劇を考える上で、
私は、ある時点まで阿瑶の父親である金光善が
最大の原因だと考えていた。
けれど物語が進むにつれ、母孟詩の存在が
非常に大きかった事に気づかされた。

金光善の認知されない婚外子であること、
母親が娼妓であることは、阿瑶の人生最大の弱点であった。
母親が亡くなった時、阿瑶は、数多くの私生児を持つ金光善が
決して自分を子と認めないであろうことは、予想していただろう。
それでも母の願いを叶える為、金鱗台を訪ねる。
奇しくも金光善の嫡男金子軒の誕生日を祝う盛大な宴の開かれた日。
そして阿瑶自身の14歳の誕生日当日だったのだ。(15歳へ訂正)

阿瑶が母親孝行でなければ、己の才覚を生かして、
市井を歩む道を選んでさえいれば、あのような苦難の道を進むことは
なかっただろうにと思う。
金鱗台の大階段を蹴り落とされた阿瑶のあの表情。
いつの日か必ずや、この金麟台の頂点に立ってみせると心に誓った瞬間だ。
自分を捨てた男を生涯恨み、我が子に妄執を植え付ける。
母孟詩の愛は、どれほど残酷だったろう。
阿瑶は、母の愛を一身に受けたけれど、それがどれほど
己を縛る枷だったかを知らない。

母は、阿瑶に「高貴な人の血を受け継いだ息子なのだ。」

「いつかきっと父親に認めて貰える。」そう、ひたすら阿瑶の幸せを願った。
優しく美しいけれど罪深い母性。幼い阿瑶にこの世の残酷さと
憎しみを植え付けてしまった女性、彼女の生は、あまりにも哀れだ。
それでも阿瑶は、生涯、母を慕う。
自分が生まれた娼館である青楼を焼き、その地に、
母孟詩の顔に似せた観音を祀る観音寺を建てて、供養するのだ。
最終局面、悪事が露呈した金光瑶は、母の遺骨を取りに、
観音寺に向かう。
最後まで母を思っていた。
そして自分の生まれた場所で生涯を終える。
金光瑶の一生を親と子の物語と捉えると、
何とも胸の潰れる思いがする。


金光瑶の妻、秦愫について
金光瑶が生涯にわたって妻秦愫を愛したことは、事実だと思う。
鏡の裏の密室で阿瑶は、
「あなたは、唯一私の出生を卑しまなかった。」と語った。
それは、どれほど阿瑶にとって嬉しかったことだろう。
政略結婚とは言え、阿瑶には、最高の相手と思えたろうし、
相手もまた自分を慕ってくれる、思えばこの時が、
阿瑶の人生の頂点だったのだろう。
早熟だったに違いない阿瑶が一時の劣情に身を任さなければ、
間違いを起こさなければ、悲劇は食い止められたのに。
最終話を見てもっと闇が深い事を知った。
阿瑶は、この結婚を確実なものとするために、

既成事実を作ろうとしたのだった。
『疑り深い自分自身を恨めば良いのか』。
たった一度の過ちで身ごもって仕舞うとは。あまりにむごい。
「陳情令」ドラマ女性陣の中でも、最高レベルの被害者は、
この秦愫だと思う。
結婚後十数年、夫があの時以来二度と自分に触れない事を
どう自分に言い聞かせていたのだろう。
密告の手紙を受け取った時の衝撃を思うとやり切れない。
夫の冷酷な所業。それでも自分を愛していると告げる
夫の言葉などもう耳には入らない。
私は、秦愫が自ら死を選んだと思いたいが、
阿瑶は、あの時、温家の匕首をあの場に置き、
何らかの誘導を行ったのかもしれない。
阿瑶は、保身の為なら我が子を殺す男だ。
十数年仲睦まじく暮らしながら、夜を閉じ、決して心を許さなかった
その夫の暗闇を思うと暗湛たる思いがする。
阿瑶と秦愫、どちらも痛ましい。

生涯夥しい悪を行い、沢山の人を殺した阿瑶にとって、
私が思う一番の罪は、この「阿松殺し」だと思う。
他の人々へは、色々な背景や心の軋轢があった。
けれどこの阿松には、何の罪もない。
ただ近親相姦の子である事実が、顕著な形で現れそうになっただけだ。
妻秦愫を守りたいが為、自分を守りたいが為。
秦愫を遠ざけるという選択肢は、阿瑶には無かったのだろう。
唯一心から愛した女性、異母妹と知って罪に慄きながらも、
傍に置きたいと願った女性の為に我が子の存在を抹殺する。
配下に命じたにしても、その罪は、阿瑶を押しつぶすのに
充分すぎる地獄をもたらしたろう。

冷酷非道な所業を繰り返した阿瑶が
生涯唯一守りたかったものは、彼の「白月光」藍曦臣だけなのだろう。
ドラマ「陳情令」もあと残り僅か。
観音廟のシーンを見るのが怖い。
生涯胸に刻まれるシーンになることは、間違いない。