曦瑶

「陳情令」金光瑶と藍曦臣についての彼是

曦臣の「執着」

私は今まで「陳情令」「魔道祖師」の中で青蘅君が最もヤバい男なのだと
考えて来たけれど、「陳情令」吹替版を見た後で少々想いを新たにした。
青蘅君は、自分との出逢いが青蘅夫人の人生を変えて仕舞った、
半ば強引に雲深不知処に連れ帰ることで彼女を彼の師殺しという罪を犯させ、
彼女の命を救う為に婚姻し、竜胆の離れに軟禁し、
子を産ませるも手元で育てさせ無かった。
己の執愛が一人の女性を苦しめたのだという自戒があるから
閉閥という道を選んだのだ。
罪を自覚していた。
けれど曦臣は、魏嬰に自分達兄弟の両親について話した時、
「忘機には執着がある」と語った。
まるで己には「執着」など微塵も無いかのように。
父親と母親に何が起こったのか「・・・・・・知りたくもない」と答えた。

初めて字幕版であの場面を見た時、魏嬰と忘機に金光瑶の疑惑を報告されて、
乱れる心を落ち着けようとするかの如く、
簫を奏でる曦臣の姿に危うさを感じていた。

「知りたくもない」
この言葉に、曦臣の本質が表れているのだと思う。
観音廟で語った「阿瑶の悪事を知らぬ訳では無かった」
「やむを得ない事情があるのだろうと思った」
これらは、曦臣の目に映る、有能で慎ましく民を思い遣る
優しい阿瑶の姿こそが真実だと思い込もうとしていたということだ。
「自分の目に映るものを信じる」
阿瑶が曦臣には見せようとしなかったもの、
隠そうとしたものを追求しようとしなかったということだ。
これは曦臣の傲慢さだと思う。
忘機は、魏嬰をただひたすらに愛し続けたけれど、
それは「執着」とは違うのではないだろうか。
13年(16年)前は、魏嬰を案じ続け、魏嬰の帰還後は、魏嬰を信じ守り続け、
自分の我欲よりもまず魏嬰の心を優先させた。
ここが我を第一に据える青蘅君や曦臣とは違う。
自分を罰する青蘅君よりも自分の「執着」に気づきもしない曦臣の方が
余程たちが悪いのだと思う。

 

 

瑶琴寄恨生

以前twitterで金光瑶の剣「恨生」の文字が含まれる漢詩の一節
「瑶琴寄恨生」をあげておられる方がいて気になっていた。
唐代の女流詩人魚玄機の「寄飛卿」という詞だ。
魚玄機は、娼家に生まれ見目麗しく詩才に優れ、
金満家の妾になり、その後女道士となった。
けれど嫉妬から侍女を殺して死刑にされた人物だ。

 

「寄飛卿」魚玄機


階砌乱蛩鳴      
庭柯煙露清      
月中隣楽響      
楼上遠山明      
珍簟涼風着      
瑶琴寄恨生     
稽君懶書札      
底物慰秋情  

(意訳)
軒先の階段にこおろぎが鳴く
中庭には霧が煙のように立ちこめ
月明かりに照らされて音楽が響いている
遠くの山から織り込まれた草の涼しい風が吹寄せる
琴を抱くと貴方への恨みの心が生ずる
貴方はずっと便りを下さらないから
何を以て秋の情を慰めようか

 

森鴎外の小説「魚玄機」にも描かれているが、
幼少の頃から才気煥発で詩の道を究めていく女性が
男性によって性に目覚めさせられ、成熟の時を迎えるのだけれど、
男性の愛を信じられなくなって、
自分の侍女との仲を邪推?嫉妬して殺して仕舞う、
やがて罪が露見してあたら若い命を散らせて仕舞うそういう物語だった。


こじつけになるだろうけれど、
悪の心に蝕まれて破滅していった阿瑶を思わずにはいられない。
そして、「月」、「涼風」の文字から
もう一つの歌詞が浮かび上がって来る。
藍曦臣のキャラクターソング「不由」だ。

 

「不由」

清風入夜來 滌盡江湖興衰
只是過往人已不在
撫琴問明月 流歲添幾分感慨
抵不住世間百態

 

清風夜と共にさざめき 江湖の盛衰を拭い去る
ただ在りし者の姿はなし
琴を弾きて明月に問う
流れゆく歳月に思いを馳せながら
人の業は止められないのか


「不由」を聴いていると、
月琴を抱く阿瑶の姿が朧に浮かんで来るような気がするし、
窓辺で琴を弾く曦臣の姿が影法師に見えるようなそんな心地がする。

朝顔とヘメロカリス


阿瑶と曦臣の絵柄の花は、
阿瑶が青の朝顔、曦臣がオレンジのヘメロカリスだ。
青の朝顔花言葉は、「短い愛」「儚い恋」、つるが巻き付いて伸びることから、
「私はあなたに絡みつく」「固い絆」という意味もある。
オレンジのヘメロカリスは、花が一夜限りで萎んでしまうという特徴から
「一夜の恋」「とりとめない空想」「とりとめない空想」「愛の忘却」だそうだ。
「曦瑶」の愛の儚さを良く顕わしているのだね。

阿瑶が手にするのは、月琴。
決して派手ではなく涼やかな音色は、正に阿瑶に似つかわしい。
太陽に例えられる曦臣に対して、
その光を受けて耀く月の化身のような阿瑶の絵柄なのだと思う。

曦臣は、朝露を滴らせたヘメロカリスの花を背にした簫を持つ姿。
阿瑶との愛を忘れられずに簫の音色に「とりとめない空想」を
耽らしているのだろうか。
二人の絵姿は、様々な想いを呼び起こす。

 

 

「陳情令」「魔道祖師」の母親達

陳情令、魔道祖師の世界における女性達は、産まれ育ち、
そして誰と結ばれるかで一生が決まるのだと思う。
まず孟詩。
孟詩は、没落家の子女できちんとした教育を受けた娘が苦界に身を沈められた
という風に考えているが、妓女の身で独学で学んだのかもしれない。
美貌で学のある人気の妓女が光善に見初められた事が孟詩の悪運の最たるものだ。
子を産むも見捨てられた孟詩には、息子瑶に希望を託すしか無かった。
一心に愛し「君子正衣冠」を教えそれがやがて「呪」になってしまう。
その行為を誰が責められるだろうか。哀しい母の愛を悼むしかない。
同輩から嫉妬された母親への嫌がらせや母が老いてからの客や同輩からの仕打ちを
過目不忘の能力を持つ阿瑶が憎しみを募らせていっただろう事は、想像に難くない。
孟詩は、亡くなった後も悲運だった。
遺骸を我が子への復讐の道具に使われ打ち捨てられる。どんなに無念だったろう。
懐桑には、孟詩の遺骨を供養してあげて欲しい。


次に莫玄羽の母。裕福な莫家の当主が下女に産ませた娘。
母娘で虐げられつつの暮らしが美貌を見初めた光善が通い始めて待遇が変わる。
けれど飽きられ屈辱の日々の後、莫玄羽が14歳に為って金家に迎えられ、
当時莫家を継いでいた正室腹の姉に意趣返しをする。
だが数年後、莫玄羽は「痴れ者」として金家を追放され母は、失意のうちに世を去る。

 

藍夫人
藍曦臣と忘機の母親。
本名も伝わっていない。素性も明らかでは無い。
藍曦臣と忘機の父親青蘅君が若き日、旅先で出逢い一方的に好きに為り、
半ば強引に連れ帰ったとされているのだ。
彼女がどういう経緯で青蘅君の師を殺すに至ったかの説明はない。
判っているのは、罪人となった彼女の命を救う為に青蘅君が妻とし、
彼女を竜胆の離れに軟禁し、自らも雲深不知処の山の上の庵で
閉関したということ。曦臣と忘機の兄弟が母に逢えるのは月に一度だけ。
(閉関中の青蘅君は、彼女の許に通っていたのではという疑念がある)
彼女は忘機が六歳で「いなくなった」が
それは彼女が自ら死を選んだのではと推測される。
曦臣は、両親の経緯を「知りたくも無い」と魏嬰に話した。
何故か?
曦臣は、両親の一生を狂わせた「愛」という感情を知ることを理解することを
怖れたからだろうと思っている。
孟詩は阿瑶に己の「愛」で「呪」を与えて仕舞ったけれど、
青蘅君と藍夫人の二人もまた、曦臣と忘機の兄弟に
「呪」を与えて仕舞ったのではないだろうか。
曦臣は、愛の呪縛を直視せず、怖れ、気づくまいとし続けた。
だからこそ阿瑶との関係を正しく築く事が出来ずに永遠に喪ってしまう。
忘機は、一度掴み損なった愛する者の手を再会の後は、決して手放さなかった。
「呪」に打ち勝ったのだと思う。

 

虞紫鴛
有力一族虞氏の娘で政略結婚の圧により江楓眠に嫁したという
コンプレックスを持っている。
夫が蔵色散人を好きだったと未だ拘って素直に接する事が出来ない。
江厭離、江澄という二人の子を設けても蔵色散人の子魏嬰を引き取ってからは、
魏嬰と我が子江澄とを比べて鬱屈を募らす。
ドラマ「陳情令」では、江楓眠と虞紫鴛の夫婦が心の底では互いに
想い合っていたという描写だったけれど、
原作では、虞紫鴛の女性としての姿は痛ましかった。

 

金光善夫人
彼女も有力一族の娘で金光善の正室として(表向き)敬意を払われている。
夫の女道楽に手を焼いており、阿瑶が金光瑶として金家に迎え入れられた後は、
光善の女関係への鬱憤を子軒が亡くなってからは我が子を喪った悲憤を
全て阿瑶へぶつけた。

 

江厭離
紆余曲折があったとはいえ愛する子軒と結ばれ金凌を産むことの出来た江厭離は、
たとえ平穏な日々が短かったにせよ彼女が感じた幸せは大きかったろうと思う。
金凌が健やかに暮らせていることは彼女にとって大きな救いだと思う。


綿綿(羅青羊)
「陳情令」では、蘭陵金氏の修士
温氏残党への迫害を糾弾する魏無羨をただ独り擁護し、金氏の衣を脱ぎ捨てた女性。
仙家を飛び出し自らが選んだ男と結婚し子を産み、自らの望む暮らしを手に入れた。

 

蔵色散人
抱山散人の弟子。山を下りた後、魏長沢の妻となり魏無羨を産む。
魏無羨がただ一つ覚えていることが、幼い魏嬰が乗る驢馬を父親が曳き、
母親が軽口を言って皆が笑うという光景から判るように、
家族は互いに慈しみ合って幸せだったと言うこと。

幼くして魏嬰は、両親と死に別れて仕舞ったが彼の記憶にしっかりと愛は刻まれ、
江家においても健やかに育つ事が出来た。


氏素性で全てが決まってしまう世界は、やはり歪だと思う。
親だけでなく血縁や周りの人々、幼子を取り巻く人間達が慈しむ社会であって欲しい。
幼子が成長していくことそれは、本当に厳しく責任のあることなのだと思う。

 

秦愫

金氏の有力家臣秦家の娘。実は、金光善が秦夫人を襲って産ませた娘。
秦愫は、射日の征戦で阿瑶に救われやがて恋仲に為っていった。
身分の違いから反対されるも苦労の末やっと婚姻を認められるが
挙式前夜になって阿瑶は、秦夫人から秦愫の父親が光善であることを知らされる。
その時既に秦愫は子を身籠もっており結婚を取り止める事は、出来なかった。
「陳情令」「魔道祖師」で最も悲劇の女性だ。
異母兄妹と知らず血が惹き寄せるように激しく恋した二人は、決して許されない
兄と妹だった。
妹を傷つけまいと兄は、全てを隠し子を産ませ、結婚後に
一度も身体に触れる事無く、子の発達の遅れから秘密が露見する事を怖れて、
我が子を亡き者とする。
その死までも己の偉業(物見台建設)達成に利用した。
阿瑶への復讐を図る懐柔が策を弄し、莫玄羽に献舎され蘇った魏嬰と藍忘機が、
芳菲殿密室に踏み込んだ時、秦愫は温若寒の匕首で自ら死を選ぶ。
アニメでは、阿瑶が秦愫へ死を誘導したという表現がされていたけれど、
私はドラマでも原作でも疑惑は残るものの、
はっきりそう断定されていなかったと思う。
秦愫は、己と夫であり兄である阿瑶、彼が息子阿松の死に関わったという事実に、
驚愕し絶望し、けれど彼の罪を公に認める事も出来ず、命を絶つという
選択をしたのだと私は、思う。
「死を選ぶ」その事こそが秦愫の自己表現だったのだと思う。

 

最初『「陳情令」「魔道祖師」の女性達』にしていたけれど、「母親達」に訂正した。
「女性達」なら温情を抜かしてはならない。

温情
温氏傍系で優秀な医者。幼少時の事故により魔に魅入られ易くなった弟温寧を

慈しむ勝ち気な娘。
魏嬰から江澄への金丹移植を施し、魏嬰が夷陵老祖に為った後も、

彼を親身に見守り助けた。

江厭離は、万事控えめで優しく江澄や魏嬰へ無償の愛を注ぐ聖母のような存在

だったけれど、百鳳山で金子勤の魏嬰への無礼な振る舞いに毅然とした態度で

対峙する芯の強さを持った女性だった。

私は、江厭離は何故乳飲み子の金凌がいるにも関わらず、最期あの危険な

不夜天の戦いの場に飛び出して行ったのか疑問だった。

けれど暴走する魏嬰を止められるのは、姉たる自分だけなのだという

堅い信念からだったろうと思うのだ。

精神のバランスを崩した魏嬰を何としてでも救おうという大きな愛の力だ。

 

温情も気性は激しかったけれどやはり弟温寧へのきめ細やかな愛、

温氏残党への配慮、そして彼らを救ってくれた魏嬰への献身は、

尊いものだったと思う。

「陳情令」「魔道祖師」に登場する女性達は、

厳しい生涯を送ったけれど、皆それぞれに鮮やかに生を紡いだのだと思う。

 

 

 

 

 

 

結婚したのか俺以外の奴と

twitterで「結婚したのか 俺以外の奴と」というフレーズが流れて来て、
その後に続く「お前と結婚するのは、俺だと思ってた」
というセリフを合わせて思うのは、
阿瑶から秦愫と結婚することを告げられた時の曦臣の心境はどうだったろうかという点だ。
射日の征戦で温若寒を討った功績により阿瑶が金家に迎え入れられた後も、
出自の所為で父光善や金夫人、金子勲等から決して良く扱われていたわけで無い事は、
曦臣も承知していた節がある。
けれど金家の重臣である秦家の息女秦愫と阿瑶が恋仲になっているとまでは、
曦臣は、知らなかったのではないだろうか。
曦臣の方は、弟忘機の魏嬰への、後の夷陵老祖への情を、かなり詳しく
阿瑶へ話していた風であるのに、阿瑶の方は、自分の恋愛事情を
曦臣には、逐一報告することは無かったろうと思う。
何故か。
私は、「曦瑶」と騒いではいるが、最後の最期まで曦と瑶二人の間に、
「愛」の概念が無かったろうと思っているからだ。
阿瑶は、曦臣を清廉で高潔な白月光として崇拝し尊重し、
曦臣は阿瑶を穏やかに慎ましく努力する慈しむべき義弟と捉えていたのだと考える。
だから阿瑶に秦愫との結婚を伝えられた時、
直ぐ心から祝福したろう。
けれど心の奥底で、己がずっと慈しみ守っていくべき存在だと思っていた者が、
自分の手の内から去って行くような淋しさも感じたのでは?と感じている。

原作での雲深不知処襲撃から逃れた曦臣を阿瑶が救った時、
二人の間に恋が産まれたのでは?という妄想SSも書いた事があるが、
曦臣のあの性格では、即プロポーズしないとは考えられない。
一度契った曦臣という者がありながら、阿瑶が秦愫に手を出すとも考えられない。
まして曦臣も阿瑶も「不倫」には、決して至らないと思う。

曦臣と阿瑶の幸せを考えると、百年封印が解けるのを待つか、
強引に封印を解いて棺を開けるか、とんでもタイムスリープを使うか、
相当苦労するしかない。
「結婚して幸せに暮らしました」っていうハッピーエンドは、難しい。

 

 

 

愛修

忘機は、魏嬰を一途に愛し魏嬰が莫玄羽の身体に蘇って後は、
藍家の家訓も世のしがらみの全てを越えて、
ただ魏嬰と共にあろうとし守り戦い、
そして唯一無二の知己として最終的に道侶と為った。
双修を行いやがては、魏嬰の胎内に金丹が芽生える希望があるだろう。
「香炉」に描かれるように忘機には、
十代の頃から魏嬰に対するそういう想いがあったのだろう。
では、彼の兄藍曦臣の場合は、どうだろう。
曦臣は忘機の二歳年上だ。
母親を六歳で亡くした忘機より曦臣は、
父青蘅君と母藍夫人との関係を理解していたのではなかろうか。
一方的に母を愛して仕舞った故に、
強引ともいうべき方法で母を連れて来て仕舞った故に、
母が父の師を殺めて仕舞ったという大罪。
母の命を助ける為に父は、母と結婚し、竜胆の離れに閉ざし、そして自らも、
雲深不知処の遙か山の庵に閉関した。
そして藍曦臣が産まれた。
その二年後に弟忘機が産まれた。
それがどういうことかをある頃、曦臣は、理解したのだろう。
何千もの家訓を持つ藍氏の宗主である青蘅君が、女人を愛するが故に、
押さえ切れ無い獣欲を持つのだという事を。
曦臣と忘機の兄弟が母に逢えるのは、月一度のみ。
己の感情を表わさない弟が唯一恋い慕う母との逢瀬、
勿論曦臣も慎みを持ちながらも母と逢える機会を楽しみにしていた。
けれどある時、母の棲む離れに父が通っている事を知ってしまう。
八歳、その年齢では、何が起こっているかを理解出来なかったかもしれない。
けれどそれは愛に溢れた光景では無かったのではないかと推測される。
無理矢理にではなくとも、母は、半ば諦めのように人形のように、
父に組み敷かれていたのではないだろうか。
妄想が過ぎるだろうが、兄弟達の母親が病が重かったという記述も為しに、
唐突に「居なくなった」のは、自殺だったのでは?と私は、思っている。
まだ幼い兄弟を残して何故?という疑いは、
もしも曦臣に夫との房事を目撃されたのでは、と思うと納得出来た。
彼女は、絶望したのだ。
幽閉されて月一度の子達との面会だけを希望に、夫の求めにも応じて、
けれど生きる為に従う浅ましい自分の姿を曦臣に知られて、遂に壊れた。
彼女を引き留めるものは、もう無かった。


曦臣が父母の経緯を知ったのは、いつの頃だろう。
曦臣は「性」の知識を得る前に、既に、
父母の人生を狂わせた「愛」と「肉欲」への怖れを抱くように
なっていたのだろうと思う。
だからこそ曦臣は、禁欲的、いや、己に「欲」を持つ事さえ許さずに、
ひたすら清らかに「清修」に励んだのだと思う。

では、阿瑶の場合はどうだろう。
考えれば考える程、判らなくなって来る。
私は最初、青楼時代末期の阿瑶は、病身の母孟詩の為に、
強制的に身を売らされたろうと思っていた。
美貌で小柄な阿瑶を望む客も多かったろう。
生きる為に、生き残る為に、阿瑶はその境遇を呪いながらも、
その後の様々な場面で、自分の肉体さえも武器として、
戦ったのだろうと思っていた。

まず藍曦臣と出逢う。
阿瑶にとって藍曦臣は、一点の曇りも無い透明な玉、
汚辱に塗れた己には決して手の届かない「白月光」だったろう。
純粋な憧れであり思慕、それは生涯変わらなかったのではないかと思っている。

次に聶明玦に出逢った。
出自を貶す聶の家臣を叱り副官に取り立ててくれた明玦を阿瑶は、
尊敬し信頼し、父とも兄とも慕ったろう。
けれど(原作では金家の)仙士を殺す現場を見られて聶明玦を欺いて逃げ出した以降は、
大きな溝が産まれて仕舞う。
明快と阿瑶の間に「愛欲」は無かったのだろうか?
私は、直接の交合は無かったにせよ、互いの愛着はあったと思っている。
互いに「愛」だと気づかない、認めようとはしない「執着」そのものの
大きな感情が二人の間に見て取れる。
感情の掛け違い、いっそ抱き抱かれていたならばとさえ思ってしまう。

阿瑶と秦愫との出逢いは、射日の征の折だ。
温家の暴徒から秦家の令嬢秦愫を救った。
阿瑶の出自を蔑まず柔らかく優しく阿瑶を慕う秦愫に
どれほど阿瑶は心を救われたろう。
周りの反対を押し切って結婚を承認させ、
更に既成事実を作って確かなものにしようと、
婚前交渉を持ってしまう。
挙式前夜に秦愫との異母兄妹の事実を知った阿瑶の驚愕、
絶望の深さを思うと遣り切れない。
私は、ここで阿瑶は、己の「男性」を捨てたと思っている。
秦愫を抱けないなら他の女性を・・・・・・
阿瑶は、父光善のようには決して為らない。許さない。
ならば誰かに抱かれるのか。
阿瑶は、己の「性」さえ憎んだのだと思う。
苦しみを産む「性」という存在を恨み憎んだ。

曦臣は、己のうちに「淫欲」を持つ事を知らず、一心に「清修」し、
阿瑶は、己の忌まわしい「淫欲」を消し去ろうと夜毎苦しんだ。


沢蕪君、斂芳尊として十数年、身近で仲睦まじく過ごした二人の男達、
空洞を持つ二人の姿を思い浮かべるとただただ切ない。

 

 

 

金光瑤と金凌と曦臣


ドラマ「陳情令」では、観音殿で追い詰められた金光瑤は、
身体に埋め込んで隠し持っていた琴弦を金凌の首に掛け、
最後の足掻きをした。金凌の首に琴弦が食い込み、血が滴る描写もあった。
けれど原作では、刀霊に支配された温寧が覇下を振り下ろそうとした時、
金光瑤は、とっさに金凌を突き飛ばして助けたし、
金凌の首には傷一つ着いていなかったのを魏嬰が確認している。
阿瑶は、金凌を人質に取ろうとはしたけれど、
決して傷つけるつもりは無かったのだと思う。

意図しなかったとはいえ、金子軒と江厭離の二人の死、幼い金凌から
両親を奪った責任を阿瑶は、感じていたろう。
金氏の頂点に立ってからは、己が責任を持って育てねばと思っていたろう。
秦愫との間に許されざる子「阿松」が生まれてからは、
罪が公に為らないことを切望しながらも、愛と嫌悪の狭間で揺れ動く
阿瑶の「阿松」への心情は、筆舌に尽くしがたいものがあったと思う。
いよいよ隠し通せないと悟った時、阿瑶は阿松の存在を切り捨てた。
父性を断ち切った。
だからこそというべきか、にも関わらずというべきか、
阿瑶は、金氏の後継者の金凌へ養育者としての愛を注いだのだろうと思う。
外叔父の江澄は、あの通り言動も厳しいから、
阿瑶はきっと母のような慈しみ柔らかな情を示したのだろう。
原作「狡童」の中で、金氏の悪ガキどもに虐められていた金凌へ
魏嬰が戦い方を伝授してやった時、金凌が
『瑶叔父上は、「喧嘩するな、皆と仲良くせよ」と諭すばかり』
と話していた。
出自の低さ、霊力の低さからずっと虐げられ続けてきた
阿瑶の「出来るだけ人と争わず我慢してやり過ごす」
そうであるしか生きて来られなかった人間の哀しさを強く感じた。

私は、阿瑶から「父性」と「母性」の両方を感じるのだ。
両親からの情を上手く受け取れなかったであろう、
知らず知らずのうちに切望していたであろう曦臣も
阿瑶から放たれる「父性」と「母性」に包まれることを
享受していたのではないだろうか。

私は、金凌と江澄と阿瑶が、金凌の養育時において
疑似家族のようであったのではと想像していたけれど、
もしかしたら金凌と曦臣と阿瑶も、
そのような家族のような団欒のひとときもあったのでは、と思う。

アニメでは、全ての悪が金光瑤の所為に描かれているようだけれど、
原作日本語訳第3、4巻が完結時には、
金光瑤の愛の部分を認識してくれる人が増えることを祈る。